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神戸地方裁判所 昭和24年(行)25号 判決

原告

小林藤左衞門

被告

尼崎市園田地区農地委員会

"

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告尼崎市園田地区農地委員会が昭和二十三年十月四日附で原告所有の尼崎市上食満東ノ口四十二番地宅地九十六坪につき定めた買收計画はこれを取消す。被告兵庫縣農地委員会が、昭和二十三年十一月二十九日原告の訴願についてなした裁決を取消す、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

被告尼崎市園田地区農地委員会は、原告所有の尼崎市上食満東ノ口四十二番地宅地九十六坪につき自作農創設特別措置法第十五條第一項第二号により買收する計画を昭和二十三年十月四日附で定めたが原告は後に述べる理由によりこれを違法として同月十四日異議申立をしたところ、同月三十一日棄却の決定がありさらに同年十一月十二日被告兵庫県農地委員会に訴願したが、これまた同月二十九日附で裁決、棄却されその裁決書は昭和二十四年三月十一日原告に送逹された。然しながら、右の計画樹立ならびに裁決は次の諸点において違法な処分である。すなわち、第一、に本件宅地は金井徳松の申請によつて買收計画を定められたのであるが同人は自作農創設特別措置法第十五條の定める申請資格者でない。同人は僅かの農地(これは同法第三條による買收農地でもなく、同法第十六條の農地でもない)を自作している外その長男義一の自作する四反二畝歩の耕作を手伝つているだけのものである。右義一が自作農創設特別措置法により買收された右四反二畝の農地につき自作農となつたものであり、本件宅地が右農地の利用の必要なものであり、右義一が、前記金井徳松と同一世帯に属するものであるとはいえ金井徳松自身が自作農創設特別措置法第十五條の定める申請資格者でない以上前記買收計画は適法な申請なくして樹立された違法なものである。次に自作農創設特別措置法第十五條第三項によれば同條による宅地の買收については時価を参酌して対価を定めなければならないと定められているのに、本件買收計画においては、時価を参酌することなく不当に低い対価が定められたのであつて時価参酌という法定要件を欠いた買收計画は違法である。

以上のように違法な被告尼崎市園田地区農地委員会の買收計画に対する原告の訴願を棄却し、右計画を支持した被告兵庫県農地委員会の裁決もまた違法であるが、さらに右裁決は、原告の訴願中、前記の時価不参酌の主張について「対価は法令の定むる処によつて之が買收は宅地等の対価算定標準に関する件昭和二十二年五月四日農林省告示第七十一号に基いて一定せる基礎によつたものであるから例外価格を認めることはできない」というのみで、原告主張点に答えておらず裁決の理由を備えぬ不備なもので取消されるべきであると述べた。

被告尼崎市園田地区農地委員会は、本案前の答弁として「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として、原告が本訴で取消を求めている被告尼崎市園田地区農地委員会の宅地買收計画樹立処分に対する原告の異議申立についての決定は昭和二十三年十月三十一日になされ、原告は同日これを知つたものであるから、原告は同日から一月内に訴を起さなければならないわけであるが原告が本訴を提起したのは右期間を経過した昭和二十四年四月九日であるから、本訴は不適法で却下されるべきであると述べ、「本案につき原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁としては被告兵庫県農地委員会の答弁をすべて援用すると述べた。

被告兵庫県農地委員会は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の宅地買收計画は、自作農創設特別措置法第三條により買收された農地の売渡を受けて自作農となつた金井義一と同一の農業世帯員である義一の父金井徳松が賃借権を有する本件宅地について右金井徳松から買收申請があつたので、右宅地は前記農地の利用上必用なものであり、自作農創設維持のため買收するのを相当と認めたことによるものであるが、これは自作農創設特別措置法第十五條に反する処分ではない。

また同條によつて買收する宅地の対価については、時価を参酌しなければならないのは明かであるが、また同法施行令第十一條により、中央農地委員会の定める基準によらなければならないのであり尼崎市園田地区農地委員会としては、右宅地の対価を定めるにつき、右施行令に基き中央農地委員会の定めた基準(昭和二十二年農林省告示第七一号宅地等の対価算定基準に関する件)の示す宅地対価額、すなわちその賃貸価額に財産税法の定める倍率を乘じて得た額の範囲内において時価を参酌し、右基準の許す最高額を決定したのであるから不当に低い対価でもなければ、時価を参酌しなかつたのでもない、時価を参酌するとはあくまで参酌することで、村農地委員会の自由裁量に属することである。

時価をそのまま対価とする意味ではない対価そのものの決定は前記基準によるべきである。従つてこの点についても本件買收計画は違法でない。

その他の原告主張事実はすべて認めるが、本件買收計画ならびにこれに対する原告の訴願をしりぞけた被告兵庫県農地委員会の裁決は、以上の理由により何等違法なものではないから、その取消を求める原告の請求は至当であると述べた。

理由

まず、被告尼崎市園田地区農地委員会の本案前の主張について判断する。

行政事件訴訟特例法第五條第四項は、行政処分の取消を求める訴は、その行政処分につき訴願の裁決を経た場合には、訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願の裁決の日を以て提訴期間の起算日とすることを定めている。一の行政処分につき、異議の申立、さらに訴願と一段階の不服申立が認められている場合同法第二條によつて訴を提起するには、第一段の異議の申立に対する裁決を経れば足りると解せられるし、その場合の提訴期間はその裁決を基準として算定すべきであろうが、異議申立に対する裁決を受けた後さらに訴願を申立てた場合については、違法な行政処分の更正をなるべく行政廳内部の反省、再考によつて行わせようとする同法第二條の趣旨を同法第五條の規定と対比して考えれば、この場合の提訴期間の起算点は、第二段の不服の申立訴願に対する裁決のあつたことを知つた日又はその裁決の日に求めるのが相当と解される。そうすると、本件買收処分についての原告の訴願に対する兵庫縣農地委員会の昭和二十三年十一月二十九日付裁決書が、原告に送逹されたのが、昭和二十四年三月十一日であることは、当事者間に爭なく、本訴がそれから一月内の同年四月九日当裁判所に提起されたことは本件記録上当裁判所に明かなところであるから、本訴は自作農創設特別措置法の定める提訴期間内に提起された適法な訴であり、被告尼崎市園田地区農地委員会のこの点に関する主張は理由がない。

そこで原告の本案請求について判断する。自作農の急速、廣汎な創設を目的とする自作農創設特別措置法においては、農業経営の特殊性にかんがみ、農業経営の主体をその人個人に着眼せず、農業世帶の中心としての経営主体たる点に求めている例が多い。例えば、同法第三條では、適正な自作農を規定するのに、個人の経営能力だけでなくその者の自家労力も加えて判定することとしているし、同法第四條では、保有農地の面積計算につき、農地所有者とその同居親族、配偶者とを含んだ農家世帶を單位としている。

そうして、同法第十五條第一項第二号が農地以外の物件を買收する場合を規定したのも、これによつて同法の目的たる自作農創設及び維持に寄與せんがためなのであるから、この場合の自作農となるべきものも農地の賣渡を受けた耕作者個人のみを意味するものではなく、その者を含んだ自作農家、農業世帶の中心としてのそれを意味するのであつて、同條第一項第二号は結局かかる農業世帶の経営主に農耕上必要な農業用宅地建物の買收を認めた規定なのであるから農業用宅地建物に対する同号所定の権利を有する者がたまたま自作農となるべき者自体でなくともその農業世帶員でありその世帶の農業に從事するものであれば自作農となるべき者から当該宅地建物の買收申請をなし得ると解するのが相当である。しかして本件宅地の賃借権者は金井德松で、同人はここに所謂自作農となつた者ではないが、同人と同一世帶に属する長男義一は自作農創設特別措置法により買收された農地の賣渡を受けて自作農となつた者であり、右德松もまた右農地の耕作にたずさわつており、その賃借権を有する本件宅地が右農地の利用上必要なものであることは当事者間に爭のないところであるから本來ならば右義一より本件宅地の買收申請をなすべきであつて、德松よりの申請に基く本件宅地の買收計画は形式的には違法なものであるがしかし、仮令これを理由にその買收計画を取消して見ても右義一からの申請があれば(右のような理由で取消せば改めてその申請のあるべきは予想に難くない)いずれ同一の買收計画を樹てねばならないのであり、本件買收計画を維持せしめても、その賣渡は同法第二十九條により農地賣渡を受けた者(本件では右義一)に対してなされるので、結果は同一に帰着するのであるから、急速な実現を期している自作農創設特別措置法による事業の一である本件買收計画をかかる形式的理由により取消すことは究局において公共の福祉を目的とする右法律の精神に適合せぬものと考えられるので行政事件訴訟特例法第十一條第一項により右違法を理由とする原告の請求は容れないこととする。

次に原告は、本件買收計画はその対價決定につき時價を参酌しなかつた違法があると主張するが、自作農創設特別措置法に基く買收計画処分のうち、その対價に関しての不服についてのみは、同法第十四條で特に一般の不服の訴と異つた出訴方法が認められているが、これは一般に行政処分取消の訴が、その処分の違法を理由とするときにのみ許されるのに対し、この場合には、特に單なる不当を原因とする訴をも許すと共に、他方対價決定に関する処分の違法はそれが結局対價の增額で解決されるものである限り、これを買收計画の他の部分から切離して、右第十四條の訴で解決し、その違法を処分全般の取消原因としないこととした趣旨であると解すべきで、原告の右主張も結局右対價增額の訴で解決せられるべき事由に関することなのであるから、(原告は現にその不足額の請求訴訟を当裁判所に提起している)この事由を以つて本件計画全部の取消原因として主張するのは失当である。

そして又、被告兵庫縣農地委員会の原告訴願についての裁決理由として原告の主張する文言も右趣旨に原告の主張を解してこれを判断したものと解することができるから、原告の訴願につき判断を遺脱した理由不備の裁決とはいえない。

以上の如く、被告尼崎市園田地区農地委員会の本件宅地買收計画及び被告兵庫縣農地委員会の原告訴願に対する裁決は取消すべきものではないから、その取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(石井 西川 細見)

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